日本の医療の行き着く先は  
平成18年12月31日


本年も押し詰まって参りましたが、会員諸先生方にはお忙しい日々をおくられていると思います。本年4月の健康保険の大幅な改定では先生方の診療所での臨床におかれましても診療報酬(治療費)の大幅な引き下げと共に煩雑な書類作成、事務作業の急激な増加を要求され、大きな混乱をご経験されたのではないでしょうか。ただ患者様がたにはご迷惑をかけられないという先生方の歯科医療人としての使命感、責任感の力で表面上は大きな混乱を出させず今に至れましたご努力に重ね重ね感謝いたします。
この混乱も冷めやらない本年6月には通常国会において、「健康保険法等の一部を改正する法律」及び「良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律」が成立しました。結局は高齢者増加による保険財政の逼迫を医療費抑制によって対処しようとする物で、患者さん方の負担増を強いる内容でした。これはすでに10月より一部の方の窓口負担増として実行されています。
この法律の元となった政府・与党医療改革協議会の医療制度改革大綱を眺めてみました。特に目についた表現をあげてみますと
◎ 医療の無駄を常に点検するとともに、公的保険給付の内容・範囲の見直しを行う
◎ 保険財政の状況等を踏まえ、引下げの方向で検討し、措置する。
◎ レセプトをオンラインで提出し、データの分析が可能となるよう取り組む
                                とあります。
そう、改革とはその医療の内容を良くしようと言うより、医療費の引き下げを目標としているのです。3つ目のレセプト(診療後患者様が支払う自己負担金以外の医療費を医療機関が、支払基金等に提出する請求明細書)のオンライン提出の項ですが、あたかも事務処理の効率化を謳っているようです。でも実は、このようにオンライン化することでデータベースが容易に組みあがり、医療機関の治療傾向が即座に分かることになります。そうすれば、ある治療を得意とし集中して行なっていたりするとその医師や歯科医師の力量、その先生を頼ってお越しになる患者様の傾向などは無視され全国平均と比較し、ただ金銭ベースでそれをやめさせるように、指導等の規制強化の材料にされる可能性が大きく、医療費のかかる治療をやめさせたい目的が透けて見えるのです。患者さんの個別の症状や医師、歯科医師の裁量権、医療の地域特性を無視し、画一化をはかり医療費を抑制したい考えがそこにあります。
ところで、この改革を支持させるように、ここ何年もことあるごとにマスコミなどを利用し医療費の増大とその抑制が喧伝されています。「医療費はこんなに多い、だから医療費を抑制しなければならない」と。しかし日本の医療費はほんとにそんなに多いのでしょうか?OECD加盟30か国中の医療費の対GDP(国内で新たに生産されたモノやサービスの付加価値の合計額)比で見てみますと、一番多いのが米国で14.6% 日本は7.8%で17位 主要先進7か国の中では最下位です。
実は、この対GDP比では、永らく英国が最下位でした。それは1980年代のサッチャー政権の元、公的な医療保障制度はそのままで内部を市場化し、競争重視の改革低医療費政策をとって、医療にかかる予算を大幅に削減したことによります。ですがその結果、医師等の国外流出で医療提供能力の不足や質の低下、患者の選択機会の少なさ、組織の巨大化と官僚化、医療従事者の士気の低下等の問題を噴出させ、医療の荒廃ぶりは顕著になりました。当時、入院医療の状況は「第三世界並」とまで言われ、がん患者が入院5ヶ月待ちのため手遅れで命を落としたなど、英国民は正当な医療を受けることができなくなって大きな社会問題となりました。その後ブレア政権になり、首相はその反省から医療費を対GDP比で欧州平均並の9%以上にと大規模な財源投入や医師等の増員など医療供給能力の拡大や質の向上に積極的に取り組み、ついに最下位を脱出日本が先進国中最下位に落ちてしましました。
では今の日本の医療の結果はどうでしょうか?平均寿命世界一は日本です。健康寿命、これも日本が世界一。乳幼児死亡率は100人に対し 米国7.8% 英国6.2% カナダ6.0% フランス5.9% ドイツ5.3% 日本3.9% とこれまた日本が世界一なのです。ここで、英国があまり良くないのは、上記の理由からですが、反面一番お金を使っている米国が平均寿命、新生児死亡率ともに最悪なのです。これはまたなぜなのでしょうか?
それは、米国では国民皆保険制度がないためのようです。公的保険は高齢者、障害者限定のメディケアと低所得者限定のメディケイドだけ。これに加入できているのは全国民の24%だけです。後は保険料の高い民間保険に入るか、無保険です。「民でできることは民にやらせろ」という市場原理が貫徹されているわけです。人の命にかかわる医療に、競争原理、市場原理を持ち込んだために、所得による医療格差ができ、このような最悪の結果になっています。
ここで分かるように、日本の医療制度は先進国中で最も安い医療費でなおかつ、WHOから世界一の評価を受けています。歯科においても最新の歯科疾患実態調査の結果が示すように、この6年で急激に8020を達成する方を大きく増やす良い結果を出してきました。宮内義彦氏や竹中平蔵氏が「民でできることは民でやれ」と声高にのたまっておられましたがこの事実をどう見るのでしょうか?しかし、それでも日本では、これから本格的に医療費を抑制しようとしています。政府は今後の5年間で診療報酬を引下げ、老人保健は定額から定率1割にそして1割から2割3割にと患者負担を増大させた上に、歯科においても高齢化で今後需要が増大しそうな義歯調整などは点数をまるめ、今後保険給付の内容・範囲をせばめようとしています。ますます医療を受けにくくしたいのです。米英の例を「他山の石」とせず、後追いをしようとするのはなぜなのでしょう。そして、高齢者の増加をその理由としていますが、日本の人口問題はもう30年以上前から議論の俎上に上がっていたはずです。過去世界が経験をしたことの無いような老人ばかりの国になるのが分かっているのに、そのことをずっと先送りしていた人たちの責任はどこにあるのでしょうか。
今は、医療費の問題について話を進めてきましたが、介護、福祉費もさらにニーズが増え今後同様に確実に増加してゆきます。そして将来、国を支える子供たちにも十分な教育費をかけることが必要でしょう。そのためには、ムダを徹底的に追求するのは大事ですが、それだけでなく高齢化社会でも安定した歳入の増加を考え、消費税率のことなど税制の問題も、逃げたり、避けて通るのではなくしっかり正視しなければならないのではないでしょうか。ちなみに先ほど申しましたG7諸国で消費税が一番安いのが日本で次にアメリカ、その上がカナダ、他のヨーロッパ諸国は16〜20%の消費税率(食品を除く)であるようです。先人たちが営々と頑張り、このような世界に冠たる日本の医療制度をはじめとする暮らしやすい制度を維持してきました。それが私たちの時代に崩壊してしまわないように切に願うばかりです。